あれは愛情として受け取ってた

次の約束も、嫌だへの対応も、愛情表現も

 

でもそれは本当はこういう意味だったのかもしれない

だからあんなこと言ってたのか....

だからあれは断られたのか.....

 

どちらも正しくなくて、合ってもない

 

もう、真実は誰にも分からない

 

太陽が身を隠してしまったばっかりに。

あいこ

あいこ

 

「そんなに大変なら、うちの会社で働いてもいいんだぞ。今からでも遅くないから。」

 就職を決める時に選ばなかった会社の社長から、最近になって何度か電話をもらう。時計を見ると短い針が十を指している。職場の時計で同じ形の二周目を見るのもいつものことであり、ため息と一緒にスマホを伏せる。「選ばなかった」その事実が、申し訳なさと選んだ方を否定したくない気持ちにさせる。返事をいつも曖昧にしてしまう。

 

ブーブーブー

 次はなんだ。重くなったスマートフォンを手に取ると母からだった。鳴りやまない音に深呼吸をして応答する。

「もしもし、お家にいる?ちょっといい?お兄ちゃんにお願いがあって。」

「いや、どうしたの?」

 職場にいることを伝える気力も持てずに要件を聞く。中学2年生になる妹はスマートフォンを買うかどうかで両親とケンカし、そのまま2日間部屋に引きこもっているという。お願いは、帰ってきて出てくるように説得してほしいということだった。疲労を感じるか細い声に適当に返事をして電話を切る。

 卓上のカレンダーを見て驚いた。何というタイミングだろう。明日から久しぶりの3連休。それもたっぷり寝ようと予定を入れていなかった。残業も持ち帰りも増えていた最近は、何曜日なのか考えることもやめてしまっていた。そんな自分にため息がでた。

 もう2年も帰っていない罪悪感だろうか。行かないと今後も帰らなくなる気がした。しかたない。すぐに説得して帰ってこよう。1日で帰ってくればあと2日はゆっくりできる。

 

 電車で2時間、バスで2時間。バスの始発に合わせての出発はいつもより早く、最寄りの駅の人は少なく感じた。それでもいつもだったら無意識に進む足が今日は慎重で緊張感がある。ホームがいつもと反対であることもソワソワした。

 中学2年生でスマートフォンか。街中でみかける小さい子でも親のスマートフォンで遊んでいる。妹の周りでもすでに持っている子は多いのだろう。欲しいと思うよな。話についていけなかったりするのだろうか。それにしたって部屋から出たくなくなるなんてどんなケンカをしたんだろうか。部屋にこもったって買ってもらえる保証なんてないのに、何をしているんだろう。兄妹であろうと理解が難しいと思ってしまうのは、年齢のせいか、性別の違いか、いや、もうしばらく会っていない相手を想像するのが難しいのだ。

 窓の外はなじみのある景色に移り変わっていく。妹のこと、電話をくれる社長のこと、交互にぐるぐると頭を駆け回った。

 

「ただいま」

「え、あ、お兄ちゃん!!おかえりなさい」

 電話をかけてきたはずの母が驚いている。姿の見えない父はきっと今日も仕事だろう。最近の自分の働きぶりは父親譲りなのかもしれない。それでも父はいつだって楽しそうだった。ふいに訪れた虚しさをそのままにとりあえず目的である妹の部屋へ向かう。扉の前には空いた器と箸。自室にいてもご飯は食べられるようにしてしまう母は優しすぎると思う。

 ふーっと長い息を吐く。

「俺だけど、出てきてくれないかな?お父さんもお母さんも心配してるよ?顔だけでも見せてくれない?」

 扉は冷たいまま、返事はない。耳を澄ませばおそらくパソコンで見ている動画の音が大きくなった。リビングに戻り冷たくなった器を母に手渡す。

「どうしたらいいのかなー」

 諦めまじりの棒読みが宙に浮いた。

 実家が久しぶりすぎるのか、虚無感が大きすぎるのか、じっとしていられずに散歩に出る。近所の公民館から聞こえてくる歌声。無邪気な子供たちの精いっぱいの歌声だ。

 

♪I believe my future 信じてる~

 

 懐かしい歌に突き動かされ、足が自然と知っている道を進んでいく。公民館の後ろの後ろ、大きな平屋の一軒家。赤い屋根が目印だ。玄関前で掃除をしている女性がこちらに気づく。

「あぁ!まこちゃん」

 “まこと”という名前を“まこちゃん“なんて呼ぶのはちひろちゃんぐらいだろう。

 2つ上のちひろちゃんは小さい頃から家族ぐるみで仲良しだった。登下校が一緒になるとよく歌いながら歩いた。女性になった彼女は、僕が職場で会う人たちほど着飾ることはないけれど清潔感と華やかさがある。面影はあるものの、なんて呼んだらいいのか分からなくなった。

「久しぶりね!元気にしてたー?入って入ってー」

 見覚えのある屈託のない笑顔で中へ案内してくれる。「お茶でも」そう言ってキッチンに向かった姿を待っている間、急な睡魔に襲われた。持ち帰った仕事をこなし、始発でやってきた疲労が一気に押し寄せる。そういえば妹もちひろちゃんになついていた。おそらく今回の件も何か知っているのではないか。そんな考えも睡魔には勝てず、横になり目を伏せる。

 

 笑い声がして目が覚めた。ずいぶんとすっきりした頭。少し重くなった体にはブランケットがかけられていた。スマートフォンで時計を確認すると最終バスまであと2時間。慌てて体を起こし辺りを見渡すと、積まれた座布団に背中を預け、動画を見ながら楽しそうにしているちひろさん。

「あ!ごめーん、起こしちゃった?」

「寝てしまってすいません。」

「あんまりぐっすり寝てたから起こすの悪くって。…お腹すいたんじゃない??」

「あ、あの、」

 返事をする前に動き出すちひろさん。呼び止めようとする声は届いてないようだ。

「はい、どうぞ座ってー」

「あの、聞きたいことが、」

「話はお腹を満たしてからにしましょ。はい、いただきます」

「…いただきます。」

 押されるままに手を合わせ、戸惑いながら箸をのばす。テーブルに並べられたものはどれも美味しい。茶色に浮かぶ鮮やかな色に誘われ、食べるほどお腹が空くようだった。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。あのー、妹のこと、なんか聞いてますか?」

「ケンカしちゃったんだよね?あ!もしかしてそれで帰ってきたのね」

 うなずきながらなぜか嬉しそうだ。

「そんなに焦って、なにか言われたの?」

「いえ、そうじゃなくて。むしろ、何にも言われませんでした。…最終バスの時間もあるし、何か知っていることがあれば教えてもらえませんか?」

「え!今日帰っちゃうの?もしかして明日も仕事?」

「そうじゃないんですけど」

「ふーん」

 話を聞いているのかわからないまま片付け始めるちひろさん。教えてくれないのは何も知らないからだろうか。やっぱり、家族の問題を他人に聞くべきじゃなかったかもしれない。

「ボーっとして大丈夫?手伝ってもらえる?」

 キッチンに立つなんて久しぶりでどうしていいかわからないでいると、隣からケラケラとした笑い声と指示が飛んでくる。指示が必要なくなると、代わりにゆっくりと話し始めた。

「ケンカになる前にね、『いつも何でも私の意見を聞いてくれてたのに、この話だけは許してくれないの。なんでだと思う?』って相談に来たわ。ほんとは、分かってるんだと思うの。もう少し、待ってみない?」

「ここに来てたんですね…」

「おじゃまします」

 なんて返そうか考えていると、聞き覚えのある声がして持っていたグラスを落としそうになった。

「わー!おかえりなさい。」

 玄関に飛び込むちひろさんを追いかけ、グラスと一緒に手の泡を落として玄関へ急ぐ。久しぶりに見た妹は女性に近づいていて、さっきまで部屋に閉じこもっていたことは想像もできない。

「お兄ちゃん、おかえりなさい」

「お、おう」

 ちひろさんに促されて中に入る妹。そのままお団子を食べ始めた。

「ちょうど、もらったのよ」

「これ美味しいです」

「でしょ~」

 会話に耳を傾けながら残った洗い物を片付ける。妹は母が買い物に出たタイミングででてきたらしい。買い物に出ることも伝える母はやっぱり優しすぎる。

 

 帰り道、2人ならんで歩く。間には1人分の距離。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

「…急にどうして出てこようと思ったの?」

「さっきちひろちゃんが来て、手紙、置いていった」

「なんて書いてあったの?」

「お家に置いてきちゃった」

 

 帰宅すると母は食事の準備を始めていた。出てくることを分かっていたように僕らの好きなものをつくると張りきっている。

「ごめんなさい」

「その前に手を洗ってきなさい」

「ん、お兄ちゃんもついてきて」

 洗面所に入るように合図され、兄妹並んで立つ。間には人が半分の距離。鏡越しに母を確認する。怒っているわけではなさそうだが、何を考えているかはわからない。すると勢いよく妹に後ろから抱きついた。驚いていると、母の手が伸びてきて髪がぐしゃぐしゃになる。

「おかえりなさい。人を傷つけること以外なら何をしていたっていいわ。ただし、傷つけちゃいけない人の中にあなたたちも含めること。いい?」

 母の言葉に時間が止まる。洗面台の鏡越し、誰とも目を合わせることができなかった。

「わかったわかった、離れて!」

 さすがに耐えきれなくなった妹が母を引き離す。年齢も性別も違う、似ていないと思っていた2つの顔はぎこちなくへたくそな笑顔で、正反対の表情をした母のそれと重なってみえた。

 

 まだ間に合う!と急いでバス停に向かう。

「まだ、来てないみたいだね。お兄ちゃん、これ。」

 お見送りについてきた妹から手紙を受け取る。

 

 

“まこちゃんも心から笑っていられますように”

 

 真ん中にこれだけのちひろさんの文字。ふいに自分に向けられた、まっすぐすぎる文字に恥ずかしくなる。身体から鳴るいつもより早い音を感じながら眺めていると目元がぎゅっと熱くなるのを感じた。引きこもっていた妹に向けたものも、諭したり、怒ったりそうではなくてちひろさんらしい言葉が並んでいた。

 

 

“あいこちゃん

大人になるってどういうことなんだろうね。守りたいことは増えるのに、どうやって守っていいかいつも迷ってる。「迷っている」も「わからない」も言えたらいいのにね。

大好きだよ

ちひろ

 

♪たとえば君が傷ついて~くじけそうになった時は 必ず僕がそばにいて~ 

支えてあげるよ その肩を~

 

 散歩しながら聞こえた歌が聞こえる。さっきよりも熱を帯びているのは聞いてほしい人が見えたからだろうか。まっすぐで力強い声。今はきっと、そんなに一生懸命には歌えない。大人になってしまったから。届けたい相手、それ以上にもっとたくさんのものが見えて、浮かんで、考えて、邪魔する。誰かを、何かを大切にしたいのにその方法も分からないまま。だからだろうか、愛するよりも愛されていることを受け取る方が難しかったりする。

 妹の名前はあいこ。愛されていることに戸惑う、思春期のあいこ。

「おにいちゃん、来てくれてありがとう。お兄ちゃんが困った時は、助けに行くね」

 

♪もしも誰かが君のそばで~ 泣きだしそうになった時は だまって腕をとりながら

一緒に歩いてくれるよね~

 

 幼い頃あんまりわからずに歌っていた歌。愛されることも愛することも、自分の未来を信じることも、ちょっとの勇気が必要みたいだ。本当にもう、一生懸命には歌えないのだろうか。

「あいこ、帰ろうか。お母さんのごはん食べよう。そして、お家で使える端末をお兄ちゃん名義で買ってもいいか相談しよう」

 

 

 久しぶりにのんびりと過ごした休日。結局二泊してしまった。さすがに帰るという僕を見送るという母とあいこ。僕からは伝えていないのになぜかちひろさんもいる。楽しそうに大きく手を振るみんなの姿が見えなくなり、手を伸ばしたのはスマートフォン。僕も最初のものは親に買ってもらった。でもいつからか自分名義だ。着信履歴を占める社長の名前を確認し、メールボックスを開く。

『いつも連絡くださりありがとうございます。転職の件、間に合うようでしたら前向きに検討させてください。』

 

 

Fin

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。文字数を減らしてみようと試みた結果、情景描写よりも、ストーリーを進めるための言葉が並んでいます。みなさんの想像する景色の中で物語が展開されていたら嬉しく思います。

ご意見・ご感想がまた書いてみたい!という活力になっています。書いたものを通して、皆さんの世界と重ね、広げることができたら幸いです。らぶ。

ひー

 

初稿 2021年9月7日

第二稿 2021年9月12日

※無断転載はご遠慮ください。

アイスのはなし

アイスのはなし


「はるな待ってよー!ひな、早く!」
「職員室に呼ばれてるから下で待っててー」
 チャイムがなった途端、教室から出ていくはるなをゆうなが呼び止める。急かされたわたしは机の足にひっかかり転びそうになった。優秀でどの先生とも仲良しなはるなは放課後のお呼び出しがあるらしい。小さくなる背中を見送り、倒れ掛かった身体を教室へと戻した。

 焦った気持ちを落ち着かせるように席に座り直すと、ゆうなが廊下を通りがかった友達を呼び止める。クラスも違う誰かと何がきっかけで仲良くなるのだろう。明るく人当たりがいい彼女に、「同じクラスなの」と友達が友達を紹介している様子を時々見かける。それだけたくさんの人と接点があるのに、わたしと一緒にいてくれることが不思議に思うことがある。


 今だってみんなの話についていけるわけでもない。隣のクラスの彼女たちとは、どうやら“推し”について話しているらしい。この間のテレビ番組の話、盛れていた雑誌の話、課金しないと読めないブログの話。一通り盛り上がった後で、今夜放送の番組を見逃さないように確認し合って解散になった。
 タイミングに合わせて笑うようにした。聞き流しながら、前にゆうなに「強引に話に混ざろうとしないところが、ひなのいいところだよね。一緒にいて楽なの」言われたことを思い出した。


 私たち三人は同じクラスだった。帰る方向が一緒だったこと、名前が「な」で終わること、共通点といえばそれくらいだったが、多少の違いは心地いいほどで仲良くなるのに時間はかからなかった。懸命に友達を探す時期が過ぎると、クラスの中ではよく話す人は固定されていった。大人びたはるなは一人でいることも嫌いではなさそうだったし、かといって友達がいないわけでもない。クラスでグループ分けをするにはバランスを見て調整だってできる彼女も、考えることが面倒になるとゆうなと私のいるチームを選んだ。

 


「あーもう!暑すぎる!汗とまらないよ!どうしてくれんのよ!もう、はるな遅くない?涼しいところはないの?… 図書室でもいく?」
 もうそろそろ来る頃だと昇降口に移動してからどれくらい経っただろう。風も抜けないところで待ちぼうけになるくらいなら、ゆうなの言うように最初からここよりは涼しい図書館で待ちあわせでもよかったのかもしれない。
「さすがにそろそ「わー、おまたせ。帰ろっか。」
 申し訳なさそうな声と裏腹に、階段の一段一段を確認するようにゆっくり降りてくる。

 太陽が長く顔を出すこの頃。朝から時間がかかっただろうゆうなの前髪も帰る頃には崩れてしまっている。体育があった今日はなおさらだ。それでも、この時間帯になっても日陰のできない大通りをいつもより軽快な足取りで進んでいく。そろって向かう先ははるなのお義姉さんがやっているカフェだ。何度か行こうと計画していたが、お店の都合で先延ばしになっていた。
 お店は大通りから少し外れた小路をはるなに続いて進む。隣のゆうなはキョロキョロ落ち着きなく、同じように初めて通る道のようだった。入り口にぶら下がったclosed の文字を横目にカフェに入る。ランチ営業だけというそのお店はすでに営業を終え、静まり返っていた。

 奥にあるカラフルなスペースで後片付けをしていた女性が涼しい顔で迎えてくれる。その人が、はるなのお義姉さんであかりさんというらしい。軽く自己紹介を済ますと、私達の様子を見て天井にあるファンを強くしてくれた。
「外は暑かったでしょー。どうぞ好きなところに座って休んで。私ももうすぐ終わるから、一緒にアイスでも食べよう?」
 はるなはカウンターに自分の荷物を置くと、あかりさんを手伝いに行った。おそらく、荷物を置いた席がはるなのいつもの席なのだろう。その隣にゆうな、わたしも荷物を置いて手伝おうと近づく。

「もう終わるから」

 座るように促された。


 明るいインテリアでそろえられたおしゃれな店内はカウンター席と2人掛けのテーブル席が八席ほどで、お店の広さには少ない席数でゆったりとしている。あかりさんがいたカラフルなスペースはキッズスペースのようだ。
「ケントはー?」
「まだなの。今日は寄り道してるのかもね。気にしないで先に選んじゃって!」
 あかりさんのお子さん、ケントくんももうすぐ帰ってくるらしい。先にどうぞと、前に用意されたアイスはバニラ味が2つとチョコレート味が3つ。
「ひなはバニラだよね?最近よく食べるって言ってたし。」
 ゆうながバニラ味を渡してくれた。たしかに最近よくバニラアイスを食べる。でもその理由は、箱入りの棒アイスにはまったお母さんにある。いちごとバニラの2種類入りのそれはいちご味しか減らないからだ。嫌いではないが特別好きでもない。その理由を話したかどうか曖昧ではあるが、彼女の耳には届いていなかったかもしれない。

 とはいえ、どっちがいい?と聞かれても、きっとなんでもいいよなんて言ってしまうのだろう。そんなことをぼんやりと考えているとお店の外から元気な声が近づいてきた。
「ただいま!わあ!はるちゃん、アイスいいなあ!」
「おかえり!ケントの分もあるよ!手を洗ったら一緒に食べよう?」
「手洗ってくる!あ、まま、ただいま~」
 自作のアイスのうたを歌いながら洗面所へと向かった。わたしの隣にケントくん、その隣にはあかりさんも座ってみんなでアイスを食べる。
「ねえ、お姉ちゃんたちははるちゃんのお友達なの?」
 黙々と半分を食べたころ、ケントくんは思い出したようにあかりさんとはるなを交互に見る。
「そうだよ、私はゆうな。そっちにいるのがひなだよ。ケントくんよろしくね。」
 反応が早かったゆうなの言葉に合わせるようにあいさつするのが精いっぱいだった。
「ひなちゃん、これやろう?」
 アイスを食べ終え、最近ケントくんと友達の間で流行っているカードゲームで遊ぶことになった。家に帰ってもスマートフォンを片手に癒しの動画を見漁ることぐらいしかすることのないわたしには、勝ち負けなんてどうでもよかった。何がおもしろいのか後から思い出すのは難しいかもしれない。それでも頬が痛くなるほど笑った。
 あっという間に時計の針は回った。推しが出演するテレビ番組の録画予約を忘れてい
た!というゆうなの合図とともに、また来る約束をして店を出た。
「はるな、ひな、またね。バイバーイ」


 あれから、3人で帰る日にはあかりさんのお店に寄るのがお決まりになった。ゆうなを見送った今日は、まっすぐ家に帰る。一人でなにをしようか。
 ゆうなには遠くで一人暮らしをしているお姉ちゃんがいる。今日はお姉ちゃんが帰ってくるらしく、朝からテンションが高かった。会ったことはないがゆうなはいつもお姉ちゃんの話を楽しそうにしていて、大好きなんだろうなと伝わってくる。そんなゆうなをみているとお姉ちゃんっていいな、と憧れたりもする。
「ひな、大丈夫?ボーっとしてたけど。良かったらカフェ寄っていかない?」
 帰っても1人だ。そんなことがよぎった。誘いを断る理由はない。
「ひなちゃん、いらっしゃい」
 あかりさんとケントくんがお迎えしてくれる。
「はるちゃん、ひなちゃん、おかえりー。ねぇ、まま、みんなでアイス食べてもいい?」
 もう冷凍庫を開けているケントくんに、3人で笑う。ケントくんが出してくれた今日のアイスはちょっと変わっていた。バニラとストロベリー、それからピスタチオ。
何にしよう。バニラじゃなくてもいいかな?ピスタチオ味ってどんな味なんだろう。ぐるぐるする頭の中、心臓の音がいつもより大きく聞こえた気がした。

「ひな、先選んでいいよ?」
 問いかけに答えられないでいると、手渡されたバニラ味。これでもいいかと渡されたものに視線を落とす。
 それぞれ1つずつ手に取ったところで、1つ余ったピスタチオ味のアイス。
「ひなちゃんは今日もそれでいいの?」
 あかりさんの質問にドキリとした。
「いいんです、いいんです。こだわりがあるわけじゃないし、みんなが好きなものを選べたら平和です。それに、あかりさんもいつも私達に譲ってくれるじゃないですか。それと一緒です。」
 呼吸も忘れて一気にしゃべってしまった。
「ひなちゃんは優しいのねぇ。これも気になるよねえ」
 残った1つを手に取り、ニコッと微笑む。
「新しいのが美味しいかなんてわかんないじゃないですか。わたしの口に合わなかったらもったいないです。」
 我ながらかわいくないことを言ってしまった。顔をそらすとキッズスペースのぬいぐるみと目が合って、思わずそらしてしまった。
「私はね、新しいものが好きなの。知らないものに出会うとワクワクするの。期間限定なんて言葉にも弱いのよねえ」
 なんて恥ずかしそうに目を細める。
「このアイスがどんな味でも、新しいものが買えたら嬉しいの。想像するだけで楽しいし、満足なの。誰かがそれをみて驚いたり、喜んだりしてくれたらさらに幸せ。だから今日ね、ひなちゃんの目がキラキラしたように見えて、よし!って心の中でガッツポーズしちゃった。でもたしかに、おいしいかどうかは保証はできないわね。」
 天を仰ぐ横顔にみとれているとばっといたずらな笑顔が近づいてきた。
「もし美味しくなかったらいつもの食べていいよ。あ、私のでも。ひと口食べちゃったけど、ひなちゃんがそれでも良ければね」
 そう言ってわたしにピスタチオ味のアイスくれた。初めての味。全身がドキドキするこの感じは、暑さのせいなのか。このアイスのせいなのか。それともさっきのぬいぐるみのせいなのか。
 わたしよりも楽しそうな、嬉しそうな視線に急かされるように口に運ぶと広がるいつもと違う味。わたしの平和を祝う味。あかりさんと目が合う。
「失敗することも、間違うことも、思っているより大したことないこともあると思うの。“いつもの”が安心になるなら、また戻ってくることもできるじゃない?このアイスみたいに。ドキドキとワクワクと、ほっとする気持ちを行ったり来たりしながら、自分の心地いいものを選べたらいいなって思うの」
 やわらかい表情から優しい言葉が流れ出し、あかりさん自身が想いを確認するように続ける。
「それにね、自分自身で心の声をちゃんと聞いてあげられないと、誰かに優しさもあげられないみたいなの。このお店もね、少し前までは夜まで営業してたのよ。でも子育てをしながらの営業はなかなか余裕がなくって。ケントに当たっちゃうこともあって。そんな自分に落ち込むことが多くなってしばらくお休みしてたの。そのまま辞めてしまえば?と言われることもあった。休んでいる間ね、ケントが帰ってくる時間を待っているのも楽しかったよ。でもね、なんだか物足りなかったの。」
 欲張りよね。なんてケントくんを見る目は本当に愛おしそうで、うらやましくなった。
「ケントのために辞めたんだって思いたくないなって気持ちもあった。何より、自分の気持ちを叶えられるのは私しかいないなら、みんなで幸せになるぞ!って思った。ランチだけならなんとかやっていけるんじゃないかって今の形で営業を再開したの。再開してよかったわー。ひなちゃんやゆうなちゃんが来てくれて嬉しいもの。ケントも次はいつ来るかな?って楽しみにしているのよ。そんな場所を守ることができて幸せね。… って、ついついしゃべりすぎちゃった」
 いつ来てもニコニコしていたあかりさんが話してくれたこと、ちょっとわかったような、わからないような。なにか話したいのになんて返していいかわからなかった。
「聞いてくれてありがとう。アイス溶けちゃったね」
 あかりさんのアイスはまだ半分残っていた。


 ピスタチオはみんなで少しずつ食べて、その後わたしはバニラ味も食べた。食べ飽きた味だと思っていたけれど、いつもの味も嫌いじゃないかもしれない。
「こんにちは」
 いつもの味を味わっていると、扉がゆっくりと開いた。あかりさんと同じくらいの女性が、ケントくんくらいの男の子を連れ、お腹には小さい男の子を抱っこしている。
「あかりさん、急にごめんね。お願いしてもいい?」
 抱っこされた弟君が熱を出してしまい、これから病院に行くのだという。その間、男の子をあかりさんが預かるようだった。お願いしますと出ていった女性の顔は焦りと安堵が混ざっていた。


 ケントくんと男の子が楽しく遊び始めたのを見届けて、今日は帰ることにした。男の子と遊びたい気持ちもあるけれど、頭も胸もいっぱいだ。あかりさんの平和とみんなの平和。あかりさんの選んだことがこの親子の力になっている。
 みんなの平和とわたしの平和。どちらかじゃなくてどちらも。

 


 久しぶりに3人でカフェに向かう。カフェまでは迷いなく行けるようになった。お店の前の花を1つずつ、あかりさんに名前を教えてくれる。お店にある花図鑑で花言葉を調べることもお店に行く楽しみになっていた。
「おかえり~」
 あかりさんとケントくんの声に、それだけで嬉しくなる。今日のアイスは、バニラ、ストロベリー、チョコレート、抹茶、ピスタチオが1つずつ。
「ひなはバニラでいいよね?」
 ゆうなが渡してくれたが、受け取る手がでなかった。何も言えないでいると私とあかりさん以外でチョコレート味争奪戦が始まる。
「じゃんけんぽんっ!」
 チョコレートを勝ち取ったのはゆうな、はるなは抹茶味。ケントくんはストロベリー味のアイスを手にふてくされてしまった。あかりさんに助けを求めようとしたが、あかりさんが手にしていたのはこの間ケントくんが口に合わなかったピスタチオ味だった。
わたしの手元のバニラ味、ケントくんのストロベリー味。ケントくんと交換したらどうだろう。バニラ味でもいいかなあ?わたしはストロベリー味も食べてみたかったし、交換できたらこれって??きっとみんなで平和だ!視線を感じて振り返るとあかりさんと目が合う。
 わたしの考えが届いたのか、平和を祝う楽しそうな顔からわたしにまで笑みが移ってくる。
 緩んだ口元をギュッと締め、ケントくんを見る。歩き出したその時、後ろから肩をたたいた手。不思議な顔のゆうな。
「やっぱりストロベリー味にしようかな」
 顔が熱くなるのを感じた。
 この先、わたしの、この世界、平和であれ。


Fin

 

 


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。「書いてみれば?」「読んでみたい」そんな言葉を真に受け、次の日には取り掛かっていました。きっかけがほしかったのかもしれません。真っ白の世界を前に戸惑うことも多くありました。それでも書ききってみると、価値感、苦手なこと、こだわりたいこと、など新しい自分に出会いました。どれもが新鮮でシンプルに楽しかったです。何においてもやりきることが苦手な私が、やっと形にできたこの作品は、どこを切り取っても私がいるなと感じるものになりました。みなさんに見えている私を感じたら、面白がっていただけたら幸いです。また、ご意見・ご感想などお待ちしております。いつもたくさんありがとうございます。らぶ。
ひー


初稿2021年7月22日
第三稿2021年9月12日
※無断転載はご遠慮ください